新しい行動原理
- Category:神世考察
- Date:2025年07月20日
以前、「アセンションと霊界再編」という記事で、概念図を元に地球の次元上昇の意味について解説しました。
その中で、なぜ地球が次元上昇するかという目的に関しては触れていませんでした。
おそらく、これまでの地球における人類の魂の学びの過程で、物質文明における功罪があまりに露骨に現れたのは「環境破壊」という側面です。
人類には既に水爆や放射能兵器、遺伝子改変技術や人工ウイルス、近年では人工知能なども脅威となりつつあります。
しかし、昨今の高度技術に反比例する人類のモラルハザードは、COVID19のパンデミックを見てもわかるように「誰も大惨事に対する責任を追求されない」事態も引き起こしています。
私が思うに、人類を破滅する脅威を抑制するほどの人治の能力があまりに不足しており、モラルハザードはそのまま人類滅亡に繋がる恐れすら生じています。
もちろん、地球に存在するのは人類だけではないので、文明が崩壊した後の地球の汚染に関する問題もあり、他の生態系に対する影響も計り知れません。
そこで、物質文明に対する「進化のカリキュラム」を終えると同時に、宇宙的均衡を取り戻すために人類の霊的覚醒と神々の再支配が始まろうとしているのだと思います。
これまで人治の世界が続き、自然の摂理すら捻じ曲げられてきたのは、一重に人間よりも上位の存在が人間の行いを黙認してきたからです。
この状況はおそらく3000年以上続いてきたのでしょうが、この歴史はまさに侵略と征服と戦争の繰り返しそのものでした。
しかし、その歴史のプロセスを終了するならば、人類を支配する権限が神々に再委譲されなくてはなりません。
これまで、その支配権は主に人間側の権威と、「神に仇なす者たち」の手中にありました。
その主導権を取り戻すと同時に、神々が人類の霊性を引き上げ、低次元に神性を送り込む方法の一環として「地球の霊的レベルを上昇させる」という手段に至ったのだと思います。
そして地球の霊性を上げる大事業の一部として、これまで人間が自分たちで霊界の最下層に作り上げてきた「幽界」という霊的気場があり、その階層を取り払って地球霊が新たに気場を作り出す作業を始めました。
それが私の言う「精神界」であり、6月の夏至でほぼ完成に至ったと見ています。
この精神界こそ次元上昇した地球霊魂の作り出す霊的気場であり、「地球意識」という新たな集合意識に繋がる高い波長域なのです。
前回の記事で、「いずれ集合意識の気場は崩壊し、人々は精神界の気場を使い始めるようになるのではないか」と述べましたが、これに関して補足があります。
まるで今生きている人々の集合意識が壊れ、誰もが右往左往する中で「精神界」にだけ救いがあるように受け取られかねません。
人間誰もが集合意識にアクセスするにしても、行動原理において精神的エネルギーを抽出する気場として集合意識は存在します。
ただし、人間個人の行動原理が100%「集合意識からのエネルギー」であることは殆どなく、肉体的な活力や魂からのエネルギーも使って人々は生活します。
集合意識とは言わば、社会的なエネルギーを交流させる場であり、「共同幻想」と言い表せるものです。
例えば、男なら一生のうちにマイホームを持つとか、三十路前には結婚して幸せなゴールをするとか、特に何の根拠はないけどその実現のために人々が死力を尽くそうとするような、強烈な動機を持つ社会通念です。
これはわりと侮りがたいエネルギーで、幼少期には貧乏で虐げられたけど、社会的に成り上がり業界に君臨するほどにまでなった人もいるくらいです。
良くない出方をするならば、鬱屈とした雰囲気から生まれる社会的リンチや迫害、社会に対する憤怒の捌け口としての戦争や差別など、人間の集合意識は目に見える社会現象となることもあります。
今回の解説では、次元上昇後に起こる集合意識の崩壊と、精神界のアプローチがどのようにして起こるかを扱います。
始めに、人間が精神的なエネルギーを肉体に反映させて具現化する時、二つの方法があります。
①集合意識からの動機づけ
②自己の魂からの動機づけ
①の集合意識は先ほど述べたように、社会通念として言説化され可視的な条件による動機づけとなるパターンが殆どです。
他に無意識のレベルから起こる共同幻想も存在しますが、これらの集合意識はそれ自体として客観視されることはあまりないため、ほぼ暗黙の領域で起きていると考えて良いと思います。
②の自分の魂を由来とする動機づけは、今回のテーマでもあります。
人間は村社会を形成する以前は、だいたい自分自身の肉体的欲求を活力にして来ました。
そのエネルギーも、精神面では己の「魂」を通じて生命力として獲得しながら、人類の祖先は過酷な自然を生き抜いて来たのです。
今でも、大して考えずに肉体的な欲求から溌剌と活動する人もいますし、社会性はあまりなくても自由闊達にのびのびと生きている人もいます。
近現代の人々は集団的な制度の中で生きるからこそ、「共同幻想」という動機を手に入れ行動するメリットがありますが、集団に属さなければ自分の中に動機を見出して十分生きられる存在です。
しかし、この共同幻想を主体として行動しなければならなかった理由は、一重に「共同幻想を共有しない人間は集団に適応できない」からです。
それゆえ、欲しくもないブランドのバッグを買ったり、行きたくもない高偏差値の学校を受験しなければならない立場に置かれる人もいたでしょう。
さて、ここまで説明した上で図解します。
「霊的具現化の構図」と題をつけましたが、平たく言えば「人間がどこから気力を持ってくるか」という話です。
先に述べたように、共同幻想を擁する集合意識は、理想や欲望を共有しながら同時に「同調圧力」も内包します。
希望だけでなく、不安や義務なども伴って共同幻想は支配力を持ち、人々の選択を左右します。
この一連の働きを「外部的喚起」と称します。
それに対して、上の②でも述べた「魂からのエネルギー」は、肉体的レベルだけでなく精神的、霊的な次元からの動機づけを伴います。
個人を主体とした独立したエネルギーの供給システムを、「内在的喚起」と呼称することにします。
人間一個人が、なぜ精神的なエネルギーを自給できるかと言うと、「魂」が物質界とは別の次元と繋がっているからです。
自分の意識として知覚できる自我を「小我」とするなら、スピリチュアル的に「ハイヤーセルフ」とか「ガイド」とされる超自我は、「大我」という大枠の自我の中にありますが、それらは一言で言えば「魂を取り巻く霊団」です。
私たち個人の霊魂というのは、実は一つで独立して存在するというより、あらゆる相が寄り集まって機能していると言えます。
人は一般的に生活する中でも、他人の思念や生き霊、相手の守護霊や土地の霊と無意識に交信をしながら、様々な現象に出会い思いを巡らせます。
目に見える世界だけで説明すれば、「なんかついてない」と思うことや、奇妙な巡り合わせなどが偶然に起こるように思えますが、それらは目に見えない次元での干渉もあるのです。
この「大我」を巡る霊体の種類に関して、これだけの例が挙げられます。
- 仲間内の生き霊
- 過去世の因縁霊
- 血族の先祖霊
- 民族としての遠津祖霊
- 霊団で立場のある守護霊
- 最も高次元にいる守護神
これらが「大我」という枠組みの中にあって、個人は様々な念や導きを無意識に受け取ります。
しかし、霊的なアプローチというのはかなり大雑把なもので、ある時には小我の行動が先立つこともあったり、大きなシナリオでは大我が支配的だったりもします。
そしてこの大我の中心にいる「魂」とは、全宇宙の霊魂の母体となる「大神」から与えられた「分御霊(わけみたま)であり、言わば神の一柱でもあるのです。
現代人が「私は神だ」と言えば完全にギャグになってしまいますが、それは「神などそこら辺にいる訳がない」という常識があるからです。
しかし、人間それぞれが一柱の「神」なのだとしたら、全く条件は変わります。
私たち一般市民は、ただ働いて消費して年を重ねて老人ホームで死んでいくような、設計された生き物であるかのように思い込まされているだけです。
もし目覚めれば誰しもが現人神になれるような器でありながら、「そんなはずはない」と思い、思い込まされているから「神である」という認識に至れないのです。
だからと言って、全ての人が特殊な神通力を使えるようになる訳ではないでしょうし、神としての自覚が芽生えても変わるのは心境に過ぎないかもしれません。
しかし神だという自覚は、適当な権威や流行に振り回され、理不尽な環境に依存して人生を浪費してしまうような生き方を改めて、自己を尊重し無碍にしないことへの信念となり得るものです。
そして大神から別れた分霊である以上、神性のエネルギーも魂の根源から湧き上がってきます。
あらゆる業界にいる「天才」と呼ばれる人々、どう考えても天から遣わされたとしか思えない奉仕精神に満ち溢れた人は、この神性を発露していると言っても過言ではありません。
彼らがある意味オリジリティを発揮しているように見えるのは、自身の魂から引き出した独自の神性を使っているからです。
つまり、自らの神性に繋がることが「才能」の発露であるとも言えます。
これまでは、①集合意識からのエネルギー、②魂からのエネルギーの二種類で動機づけをほぼ賄ってきた人類ですが、次元上昇した世界では「③地球意識からのエネルギー」が加わります。
①と②のエネルギーは、自らの利益のために自由に使うことができ、使い方によっては我田引水のような、「我良し」の環境を作り出すことにも使われていました。
しかし、新たな地球意識の気場である「精神界」が開かれたことで、新たな周波数のエネルギーを地上に降ろすことができるようになりました。
これが地球の次元上昇によって構築されたものである以上、この高い波長域は「相互精神」に基づく性質があります。
つまり、「人のため」「地球のため」と奉仕や愛情に深い動機をもつ時、この気場からエネルギーの供給を受けることができるのです。
これまでの「我良し」という思惑ではアクセスできない気場であり、それゆえ条件づけられた人にしか開かれないと言えます。
その条件は、深いレベルからの「自己浄化」と密接な関係があります。
そもそも、全ての優先順位において自分が最上位に立つような人は、地球意識を持ち合わせるのが難しいと思います。
それ以上に目に見えない世界を信じ、自分より上に霊的存在や神々を置いて敬い、その導きに謙虚になろうとする者でなければ浄化も覚醒も進みません。
従って、この新しい霊的気場を使えるか使えないかは完全に「本人次第」であり、それには覚醒に至るまでの精神的な修行も必要なのです。
確かに、春分点や5月の満月でどうやら「人々の線引き」が行われたのは間違いなさそうなのですが、「地球意識」という概念を知った時点で、すでに地球意識にアクセスできるタイムラインにいるのかもしれません。
「なんか面倒くさそうだから別にいい」と大抵の人は思われるでしょう。
しかし前回の解説で述べたように、今後はこれまでの拝金主義、物質主義を中心とした「共同幻想」は崩壊していくと思います。
人間の集合意識全般が、というよりは古い共同幻想が解体されていくはずです。
なぜなら、これまでの文明を形成してきた資本主義という金融システムが、これから轟沈していくからです。
目に見える形では、アメリカを中心とした西側陣営の混乱と崩壊、社会主義帝国連合の瓦解という形で現れてくると思います。
それほど動乱の世となれば、これまでの成功法則をなぞる人生に意味は成さなくなります。
そう言った成功のフォーマットが失われた社会では、個人の幸福や目的に人々はフォーカスするようになるはずです。
これまでの時代の闇が浮き彫りになり、人々に教訓と後悔を突きつける時、誰もが新しい目的意識を探し求め、より良い世界を作り出すために相互精神に目覚めていくことでしょう。
そのために開かれた気場が「精神界」です。
私には全てが神々によって計画されながら、決して平坦でも美しくもないこれまでの世界があって、しかしその道を辿ることでしか人類の正しい進化はないのだと、この仕組みを見て改めて考えさせられます。