かつて天使だった友へ Category:エッセイ Date:2025年06月17日 楽太郎です。 先ほど「お祓いとは何か」という記事を上げたばかりですが、少し話したいことがあります。 このブログをどの程度の方がご覧になられているかはわかりませんが、おそらくこの文章を読まれている方は私と同じ世界線にいます。 スピリチュアル界隈でこの数年トピックの中心だった「次元上昇(アセンション)」は最終局面を迎えています。 私が「分岐」とか、「神世に渡る」という表現にピンと来られない方も、自分には関係ないと思われる方に対しても、この文章を書きます。 このブログに辿り着かれた方は、明るい未来が待っている可能性が高いのです。 今が不安でどうしようもなくても、疑心暗鬼に駆られて身動きが取れなくても、関係ありません。 今抱えている苦しみは変化と手放しによるものであり、それは乗り越えれば良いだけのものです。 むしろ、乗り越えられるからこそあなたにその課題が与えられているのであり、課題を乗り越えるという一つの道が示されているのだから、難しく考えずに目の前の壁を乗り越えれば良いのだと思います。 「手放し」や「浄化」は、おそらく地球上に住む全ての人がいずれ、多かれ少なかれ体験することになるはずです。 その機会がいつか誰にも訪れるとしたら、自分で理解した上で先んじて出来るのならばやっておくに越したことはないと思います。 それは、後になるほど克服が難しくなり、立ち直りも難しくなる、そんな予感がします。 私がこんな話をしようと思ったのは、ここに来て諦めてしまった人がいるような気がしたからです。 ただ、世界線の分岐のゼロ地点に立ったくらいで、自分が明るい世界か暗い世界を選んだかなど自覚できる人は殆どいないと思います。 おそらく、これから世に言う5次元世界、私が言う「神世」にアクセスする人たちの大半は、宇宙や神々のことに対してマニアックな知識を持った人たちではないと思います。 その世界に住む人々はこれからの時代の中心になる世代であり、決して占いや宗教に精通した人々ではないはずです。 なぜなら、神々は自分たちが前面に出てくることを必須とは考えておられないように思えるからです。 むしろ時代の中心になる人々は神や宇宙を特に意識しない、それでいて天然のスピリチュアリストであり、天然であるからこそ自らの魂と繋がり神の声を聞く、そんな人々であると思います。 だから、昨今のスピリチュアル界隈にあるような共通認識が教養となる時代ではなく、神の意志を自分の心に宿す人々が自由に作り出す、真の多様性の時代になっていくはずです。 その世界において最も重視されるのは「魂の質」だけであり、誰もが魂を見通せば嘘偽りが通用しないからこそ、素直さや正直さが尊ばれると思います。 その世界に息づくのは、これから生まれてくる子供たちだけでなく、これまでを生きてきた老若男女も可能であり、その資格を得るためには本来の素直な心に戻らなければなりません。 素直な心とは、邪念も余計な思考もない魂からの反応であり、子供の頃に当たり前にあった感覚そのものです。 その変化を促すために、私たちは神々から気づくきっかけを与えられて来ました。 この沈んでいく世の中も、いつまで経っても「これで良い」と思っていたら、次の時代を作ろうとはしないでしょう。 現に、「何も変える必要はない」と思う人たちがいることで、より世は行き詰まりを見せています。 この状況を見て「変化が欲しい」と思う心を、神々は待ち望んでいたのです。 そして、その気づきを受け入れた人には道が開かれています。 この道を進むために、辛い判断を要求されている方もいらっしゃるでしょう。 変えたいし変わりたいけど何をしたらいいかわからない、と思われる方もおられると思います。 その迷いを感じられたなら、自分の心の奥底にある熱い感覚に問い質してみて下さい。 私は、最近になって昔のことを思い出します。 近所に駄菓子屋があって、その店のおばさんはよく困り顔で私を諭してくれました。 大人たちは、子供たちが喜ぶように安心するように色々なことを考えて、私たちに全てを惜しみなく与えてくれました。 あの頃の大人たちはとても頼りになったし、私は安心して子供時代を過ごすことができました。 その経験を、今でも感謝しているのです。 反面、自分がそんな大人になれたのかと問うと、決してそうではありません。 残念ながらあの頃のような、頼りがいのある大人にはなれませんでした。 けれども、これからの時代は違うかもしれません。 今を生きる子供たちのことを思えば、とても不憫でなりません。 そして、これからさらに激動の時代を生きることになるはずです。 私はずいぶん牧歌的な子供時代を過ごした自覚があるので、余計に子供たちを気の毒に思い、何とかしてあげたいと思ってしまうのです。 ただ、現代の子供たちはあえてこの時代を選んで生まれてきた、そんな気がします。 そんな大変な時代に子供たちを守る親世代も、きっと何かしら天命があるのだと思います。 新しい時代、新しい国にするために、あえて負債を背負って生きていく人々がいます。 私は、そう言う人たちの中にこそ新時代のキーパーソンが隠れているのだと思います。 かつて、私が出会ったたくさんの若者たちは、純粋で希望に溢れていて、野心家でちょっとバカっぽい人たちばかりでした。 そう言う人たちほど打たれ弱く、世間の邪悪さに耐えきれず自分から純粋さを捨ててしまったり、病んでどうしようもなくなってしまいました。 彼ら同世代の大半は腐ってしまったのも知っているのですが、それでも私は待っているのです。 あの頃、目をキラキラ輝かせて夢を語っていたのは、単に自分が有名人になりたいだけではなく、自分の理想を叶えることにあったはずです。 その夢を再び胸に抱いて、彼らがまた目を輝かせる日を私は待っているのです。 友よ、僕たちはかつて、あんなに天使みたいだったじゃないか。 悪魔の作った時代は終わるのだから、天使に戻ってやり直そう。 私は、それだけを伝えたいのです。 これからを生きる子供たちに、狼狽える大人たちの姿でなく、子供の頃に見たしっかり自分の足で立つ大人の姿を見せるべきなのではないでしょうか。 そのために、大人として優柔不断な姿はどうしても見せられません。 では、どうしたらいいのか。 本来の自分に還ろう。 今からなら、きっとそれができる。 別に私の話を信じられなくても構わないのです。 ただ、その心に問い質してみて欲しいと思います。 これからどうなるのか、どうしたらいいのか。 その答えはあなただけのものです。あなただけのものだからこそ、あなた自身で判断してもらいたいのです。 私は、目の輝いている大人を見たくなります。 あの頃のように、無邪気なバカたちともう一度出会って、夢を聞いてみたいのです。 PR