神代へのモチベーション Category:神人関連 Date:2024年11月30日 楽太郎です。 ようやく魂の好転反応が治りました。 その好転反応が終わる瞬間もハッキリわかって、気がついたら信じられないくらい楽になってました。 一晩開けてみたら、第4チャクラ、いわゆるハートチャクラが開きやすくなってました。 感覚としては、トラウマが浄化されたのかな、と思っています。 私が心のエネルギーをあまり使えなかった理由は、心を曝け出して生きると、生傷が絶えなかったからだと思います。 心が傷つきやすいからこそ、キュッと閉じるしかありませんでした。 正直な思いを伝える、嫌なことは嫌だとはっきり言う、おかしいことはおかしいと言う、好きなことだけをずっと続ける。 そうすればするほど、人から拒否されたり攻撃を受けてきました。それが正しいか間違っているかはともかく、いつも自分にとって不利な状況になっていきました。自分が損をしないためには、いつも大きいほう、強いほうに合わせるしかありませんでした。 人のことを考えれば、相手が自分のことしか考えない動きを予測しなければならない。 さりとて、自分が得するためには自分を騙してでも勝ち取る必要がある。 そういう生き方は、私の心を削っていき、だんだん心を閉ざしていったのだと思います。 ただ、そうやって溜め込んだ不満や後悔、心の傷は人として成長するための糧となり、今では「自分のような窮屈な思いを誰かにさせたくない」という思いに変わりました。 そう思うからこそ、今では神様と一緒に弥栄の世を作ろうとしています。 世の中には、心を正直に表に出せず、陰で苦しんでいる人はたくさんいます。 例え笑顔に見えても、無理している人たちもたくさんいるでしょう。 でも、しんどいとかやめたいとか、そういった本音が言えない環境で自分の本心と向き合えば、生きてはいけない気持ちになってしまうかもしれません。 だからこそ、心を閉ざしてしまう人がどんどん増えてしまうのだと思います。 そういう人たちが救われるためにも「本音で生きられる世の中」を作る必要があるのではないでしょうか。 今の日本人が努力を嫌いになったのは、努力が報われないとか社会のシステム以前に、「したくない努力を強制する世の中」になっていたからだと思います。 夢を叶えたり、成功するために自分が成長するプロセスは、表現するなら「努力」以外の何物でもないはずです。 しかし、その努力に「苦行」というイメージがついてしまったために、できる限り努力というコストをかけず、スマートに成功したりお金儲けするハックが、クールだと思う風潮になってしまったのではないでしょうか。 そうやってプロセスを軽視して実利を求めれば、他人から奪うとか騙すとか力を使うとか、そういうことになってしまうのだと思います。 やはり、人が自分の心と向き合い、自分は何がしたいのか、自分はどう思うのか、それと向き合わない以上は、「誰かに何かをやらされる人生」になってしまいます。 その被害者的な感覚は他責思考に向かい、他人や世の中に対する反感を募らせ、その悲しみや怒りをパワーにして生きるようになってしまうのかもしれません。 私は、そういう彼らに対して一概に責める気も、哀れに思う気もありませんが、こういった不幸を繰り返さないように、新しい世界は魂の自由が開かれた世の中でなければならないと考えています。 これから2025年、何が起こるかわからない時期に入り、日月神示でいう「大峠」が訪れます。 私は正直、このために長い間準備してきたのでワクワクしていますが、大人たちはともかく、子供たちが巻き込まれていくのが一番忍びないです。 しかし、その子供たちの不安が一日でも早く取り除かれ、救われる子たちを一人でも増やす、それはこれから神代をつくる私たちの腕にかかっています。 だからこそ、私は努力や勉強を怠らず、少しでも力をつけていくことが大切だと思っています。 少なくとも、私のモチベーションはそこにあります。 PR